神は「締め切りあれ」と言われた。

最近、仕事がまた忙しくなってきたんスよ…
いつにも増して忙しい。より忙しくなる予兆がすごい…

そういう状態が続くと、自分は一次創作をする心の余裕がなくなってしまう。

仕事で絵を描くというのは、割と肉体労働に近い。
(人間は本来、長時間机に向かって絵を描き続けるようには設計されていない)

平日は仕事でクタクタになる。
休日は大体の場合、うっすら仕事がある。(めっちゃあるときもある。
そして合間を縫ってインプットと称して出かけたり、体を整えるためにジョギングしたりする。

あとはぼーっとする。
大体それで終わる。

んで思うんですよ…
どこに一次創作漫画を作る心の余裕があるんだと…!

そう思ったりする。

ただ、最近気付いた。
たぶん、そういうことじゃないんだ…

自分に足りないのは時間ではなく、
締め切りなのではないだろうか…!

最近、締め切りについてよく考える。

自分はどちらかというと締め切りにルーズな人間だと思う。(恥)
残念ながら、今もそっち側の人間だという自覚がある。

もちろん超ヤバい締め切りは守っているつもりだが、余裕のある締め切りは普通に破ったりする。
(最近、半分友達みたいな仕事仲間に「平気で締め切り破るの森さんだけです」と言われガチ反省するなど)

なぜか。

20代の自分は「量より質」を重視する創作活動をしてきたんです。
(若い時に考える質なんてたかが知れてるので普通に恥ずかしい)

この考えは学生時代まで遡る。
とはいえ、あまり思い出したくないので詳細は省くが、
当時の自分やその周りの人たちは一発逆転みたいなものを狙っていた。

とにかく高める。
もっと上手くなる。
もっと良いものを作る。
完成はその果てに訪れる。

そんなことをかなり本気の本気で考えていた。
気付けば作品を完成させることよりも、自分を高めること自体が目的になっていた。
(仕事をしたつもりになっていた)

大学生活の大半をそういう時間に使ってしまった…
今思うと、なかなか残念すぎる話…
(無駄ではないが、あまりにも残念)

ーーーーー

そこで懲りればよかったのだが、
その後遺症みたいなものが今も残っている。

ギリギリまで拘りたい。
中途半端なものを出したくない。
もっと良くできるかもしれない。

そういう考えが抜けない。
というか、自分は中途半端なものを出すことを恐れる人間になってしまった。
(こんなクオリティ、おれの制作物じゃない・・・!と思う病)

これは声を大にして言いたいが、
思いの外、微修正ってのは本人の自己満で終わることが多い。
大事な部分である一方で、思いの外「気づかれてない」ことが多い。
そんなことあるかと思っていたが、どうやらそういうことが多い。
(かくもビジネス、仕事としての創作と、表現としての創作は乖離している。)

ーーーー

ただ最近、やっとこの考えが改まりつつある。

締め切りこそが人を動かす。

最近の自分はそう確信している。
自分はこの6年近く、会社組織の中で締め切りに追われながら絵を描いてきた。

そして振り返ると、
この6年間こそ最も技術が上達したんじゃないかと…

とにかく完成させ、納品し、次の案件へ。
その繰り返し。
(もちろん遅れたりして迷惑もかけたけど、会社に席がある程度には守ってる)

寄り道みたいな練習は極力しない。
(もちろん、練習が必要なタイミングはある)
(基本は仕事の最中に無理やり学んでいく)
(仕事がビジネスである以上、立ち止まる時間は無かった)

そして周りの人達もそうだった。
締め切りの中で生きている。
完成作品を世に出している人ほど、着実に成長している。
そういうのを何回も目の当たりにして、やっと気づいた。

(あと締め切りの中だったら、いくらでも拘っていい。
(締め切りが過ぎた時点で、悪になる)

ーーーー

逆に締め切りを設けないと人はどうなるのか。

「これが終わったら」
「やりたいとは思ってる」
「まだ半年ある」
「まだ準備中」

やらない理由を探すようになって、やらない。やれない。
その気持ちは痛いほどわかる。(自戒)

でも最近思う。

順番が逆なんだと…
人は作品を作り始めるから締め切りに間に合うんじゃない。
締め切りを設けるから動き始めるんだと…

人生は、やるかやらないかなんだなと…

 

ーーーー

このことを考えていて、
Fate/stay nightのゲイボルクを思い出した。

『Fate/stay night』(2004年/企画・シナリオ:奈須きのこ・原画:武内崇)

クー・フーリンの宝具。因果逆転の槍。

普通は槍を放ったから相手に当たるわけだが、
ゲイボルクは違う。
まず「相手の心臓に命中した」という結果が決まる。
その後で槍を放つという原因が発生する。
(ゆえに必中。)

作品制作もこれなのではないかと…

作品を作ったから完成するのではなくて、
締め切りを決めるから完成する。
まず結果を置く。そして原因を作る。

そういう順番なんじゃないだろうか。

ーーーーー

『呪術廻戦』の縛りのことも思い出した。

『呪術廻戦』(2018〜2024年/作:芥見下々)

作中での縛りとは、自ら制約を課すことで能力を強化するシステム。
創作も同じなんじゃないでしょうか。
締め切りという縛りが弱ければ完成しない。逆に強ければ強いほど完成に近づく。

イベントに申し込む。
印刷所を予約する。
人に宣言する。
逃げ道をなくす。

縛れば縛るほど、作品は現実になっていく…みたいな

なんというか人生全般そうなのかもしれない。
なので自分は、とりあえずいくつか締め切りを設けた。

・7月中に旧友へ会いに行く
(2年くらい前から行く行くといって行けてない)

・10月開催のハーフマラソン大会にエントリーしました!
 (驚愕。最近走るのがマイブームなんす…!頑張るぞ!)
(これ金も払ったし人も巻き込んでるので相当強縛りです)
(これについては語る必要がある。健康と走ることについて。)

本当は今年コミティアにも出たい。
情けないことに、申し込み方法をまだよく分かっていない。
これもなんとか縛っていきたい。
いまやらない自分と戦っている最中なんです!!!!怒

昔の自分は、拘り続けた先に創作の神が微笑むと思っていた。
でもたぶん違う。

締め切りを設けて守れる人に創作神は降りる。

自分はなんとうか、もっとそういうことを意識して生きていかなきゃいけない。
そう思いながら、徹夜で仕事している…(はやく帰りたい…)

p.s.
なんか最近、真面目な記事ばかりなのでもっと下らないことを書きたい。